スタディプロジェクトのお知らせ
1月24日(土)に下記内容で開催します。
是非くしだ蔵に足をお運び下さい。
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テーマ:「空き家再生-まちのストックを活かすためにやれること-」
まちを元気にするために、まちのストックを活かしていく。空き家を再生することで生まれた活気は、さらに波紋のようにまちに広がっていきます。
瀬戸内海に面する港町・鞆の浦から、「借りたい人」と「貸したい人」をつなぐ『空き家バンク』や、借主にかかる修復費用の一部負担などを目指した『鞆・町家エイド』など、空き家・町家の保全・再生・活用の実施や推進システムの構築を精力的に行っている「鞆まちづくり工房」の松居秀子代表理事を講師に迎え、鞆の浦での活動をご紹介頂きます。
空き家・空き店舗の再生に向けて自分たちに何ができるのか、鞆の浦の活動から下田の空き家再生に向けて考えていきたいと思います。
日時:1月24日(土)15時00分〜17時40分
場所:くしだ蔵(静岡県下田市二丁目11-12・伊豆急下田駅より徒歩8分)
参加費:無料
参加者:30名程度
講師:松居秀子(鞆まちづくり工房代表理事)
□プログラム
14:30〜 開場
15:00〜15:10 挨拶
15:10〜15:50 「自立したまちづくり(仮)」(松居秀子)
15:50〜16:00 休憩(10分)
16:00〜16:40 フリーディスカッション
16;40〜16:50 閉会の挨拶
17:00〜17:40 懇親会
▽講師プロフィール
松居秀子(鞆まちづくり工房代表理事:http://www.vesta.dti.ne.jp/~npo-tomo/)
広島県鞆町に生まれる。大学卒業後、神戸にて会社勤務。その後、故郷鞆の浦に帰り学習塾を開く。
1992年「鞆の浦 海の子」を設立し、鞆港保存活動を行う。
1999年より大学と共同調査を実施する。
1998年〜2002年、毎年「鞆の浦シンポジウム」を開催し、鞆の浦の客観的価値を問う。
2003年、「鞆まちづくり工房」を設立。鞆の歴史的遺産を活かしたまちづくりを挙げ、「空町家再生・利活用事業」「港町ネットワーク事業」「空き家バンク」「鞆・町家エイド」などの活動を実施する。
「竜馬ゆかりの町家-魚屋萬蔵宅再生プロジェクト」はNPOが建物を買い上げ、修復工事を行ない、2007年に「お舟宿いろは」としてオープンした。
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スタディプロジェクト準備その他。
本日はPEA...の2人で下田へ。下田は本日も快晴です。
昼食の後、ブックレットの可能性を知るべく、地元の不動産屋へ向かう事に。
地元の不動産事情などを伺いながら、その中でのブックレットの位置付けを考えます。
途中お隣の看板屋のご主人も乱入し、今後の下田について熱い議論が繰り広げられる。こちらにとってはとても貴重な意見をもらう。
その流れで看板屋さんのご主人に連れられ看板屋さんへ行き、話の続き。
ご主人は個人で今年の6月に開港する静岡空港に向けた伊豆の観光ネットワークの提案をしているとのこと。
提案書を拝見させてもらう。下田の町の今後のこと、外部から来るまちづくりの活動の是非、など場所を移しても熱い議論は更に続く。
その後奥にある個人で書き貯めているスケッチやこれまでの提案書などを閲覧させてもらう。個人的にここまでやっていることにただただ脱帽。
くしだ蔵へ戻り、スタディプロジェクトの事前準備をする。
そして朗報が。パネルの引取先が見つかり一安心。地元でこのパネルたちが利用されるということが何よりの朗報です。
[PEA...・川上]
コアミーティング@山中事務所
本日の議題は、
1. スタディプロジェクト について
2. パネルの再利用方法または処分方法について
3. ブックレットのまとめ方について
参加者は、小川、寺崎、落合、川上。
スタディプロジェクトについて、
PEA...よりレイアウト案の提案。小川さんより講演会内容の話と当日までの段取りの話。
パネルの再利用方法については、現地にて引き取り手を探す事に。
ブックレットについて、
寺崎さんより配布までのスケジュールなどの説明。PEA...より方向性と表紙の提案。
コンセプトは、「建物の持ち主=<オーナー>、建物の借り手=<ユーザー>の相互のバイブルとなるブックレット」。
その後4人でこれらの材料をもとにブレスト。どのようにすればこのプロジェクトを明確に示す事ができるか、更に方向性を絞っていきました。
[PEA...・川上]
冬至のキャンドルナイトin下田’08
日曜日の今日は、蔵を地元の方々にお貸し、「冬至のキャンドルナイトin下田’08」の会場として使われました。
今回くしだ蔵は「100万人のキャンドルナイト」のひとつの会場で、その他にも全国各地でキャンドルが灯されます。
残念ながら今日の夕方には下田を離れなければいけないので見れませんが、おそらく幻想的な光景が目に浮かびます。
[PEA...・落合]
澤村家見学
今年、所有者から下田市に土地家屋が寄付されたペリーロードの東端に位置する澤村家を見学させていただいた。
この屋敷は大正四年に建築された大きな家で「コ」の字型の母屋の裏に蔵がある。昨日のワークショップの参加者を中心とする人々が多数集っている。みなが母屋を先に見るようなので私は蔵を先に見ることにした。大きな屋敷の塀の外からしか見ていなかったので、近寄ってみるのは初めてだ。やはり、近づくと威容を感じる。一階部分は伊豆石、二階はなまこ壁の下田の蔵の特徴を持っている。中はほぼ伽藍堂で、二階に上ると床板は何時でも取り外されるようになっている。内側は漆喰かモルタルで塗り潰されていて所々塗装が剥げて伊豆石が見えている。見えている伊豆石の表面は塗料に持って行かれた分が荒れていた。今後手を入れるときにこの状態をどうするのかは悩ましいところだ。
母屋を見ていた人々が蔵に移って来たので、今度は私が母屋に移った。民家と言うよりは迎賓館のようなつくりで、多い部屋数の大部分にソファが置かれたり、座卓が置かれている。寝室と言い切れるような部屋は一つだけだった。この屋敷は、後に「下田船渠」となる「澤村造船」の創立者の屋敷だそうで、来客を迎えることが多かったのでこのような設えになっているのだろう。
母屋のつくりは伊豆石は基礎にしか用いられておらず、ほぼ木造で、和洋折衷とも少し異なり、外観は下田の古民家、内部は洋風な生活に傾いている。玄関はドアになっているが、よく見るとドアの脇に蔵に良くある漆喰の引き戸が残っている。引き戸が閉る部分にきっちりと扉がはめ込まれている。と言うことは母屋の正面は改装される前は土壁だったのだろうか?そうでないと引き戸だけが漆喰と言うのは説明がつかない。玄関を入ると向って右側が台所と食堂、その奥にも居室が一つあう。右側は手前から洋風に改装された応接室が二つ、その奥に四畳半と八畳の和室が続いてい手、八畳の部屋の裏側に六畳の和室がある。
玄関の正面に傾斜の緩い十分な幅を持った欅を使った階段があり、中間の踊り場から左右に振り分けられていて、向って右が主人の書斎、左側にはパリーロードを見下ろす応接室がある。いずれも本格的な和室には当らない。一部の参加者から、建築に当ったのは大工ではなく、船大工ではないかと言う指摘があった。
市側からは「澤村家」の活用法を検討中だが、用途について何か意見は無いかと言う、問いかけがあった。私は何に使うにせよ、単一の用途ではなく複数の用途を持たせないと、入居した者が退出すると空き家になるので、一つが抜けても他の入居者で屋敷が空き家にならないような仕組にして欲しいと言うことと、二階の応接室はそれ専用にして市民が利用できなくては困るが、市長が賓客を迎える応接室にすれば見下ろす景観で来訪者に「下田は美しい町だ」と印象付けることができると提案した。
「澤村家」の見学を正午前に終えて、蔵に戻った。見学者は本当に少ないが閉めていたら誰も入れない。来訪者がいるいないではなく開けることに意義があるとは思いつつ蔵の時間はゆったりと流れる。来訪者は観光客が一組三人、切り絵作家のK嬢、南豆製氷応援団副代表のYさん、お馴染みのH女史くらいだった。入り口の駐車スペースの小屋根に付けたバナーの紐が切れたので補強するためビニール紐を買いに澤村紙店に行くと、再び「太鼓祭り」の話で盛り上がり、三十分ほど話し込んだ。蔵に戻ってバナーを直し、施錠を済ませ明後日まで下田に滞在するYさんが投宿予定の「大伊豆旅館」に蔵の鍵を預けて、帰京しようとしたら、黒船社の前でMさんにばったり出会い、そのまま話し込んだ。立ち話からお宅の上り框に場所を変えて一時間以上あれこれ話した。